大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成4年(行ケ)74号 判決 1994年2月15日

埼玉県入間郡三芳町藤久保1106番地

原告

日本シイエムケイ株式会社

同代表者代表取締役

中山登

同訴訟代理人弁護士

関喆

同弁理士

奈良武

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

同指定代理人

高松武生

阿部寛

奥村寿一

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  特許庁が平成2年審判第12429号事件について平成4年2月7日にした審決を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、拒絶査定を受け、不服審判請求をして審判請求が成り立たないとの審決を受けた原告が、審決は、本願発明と引用例記載の発明との技術内容を誤認した結果相違点を看過し、本願発明と引用例記載の発明との技術的課題(目的)及び作用効果の差異を看過して容易推考性の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきであるとして審決の取消を請求した事件である。

一  判決の基礎となる事実

(特に証拠(本判決中に引用する書証は、いずれも成立に争いがない。)を掲げた事実のほかは当事者間に争いがない。)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年8月20日、名称を「プリント配線板の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和60年特許願第183552号)したところ、平成2年6月8日拒絶査定を受けたので、平成2年7月20日査定不服の審判請求をし、平成2年審判第12429号事件として審理された結果、平成4年2月7日、「本件審判請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年3月4日原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲)

絶縁基板の片面又は両面に設ける回路パターンにおける所要のランドの中心に位置せしめて導通孔を貫通する工程と前記絶縁基板に片面又は両面に所要の回路パターンを形成するに当たり、前記導通孔の開口縁と当該導通孔の開口部に形成されるランドのランド孔の径を前記導通孔の径より大径に形成してランドのランド孔の内周縁間に段部を形成する工程と前記段部を形成する工程は、前記銅張積層板の回路パターンをエッチングにより形成する工程に関連して形成する工程から成るプリント配線板の製造方法

(別紙第一参照)

3  審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対して、昭和54年特許出願公開第84276号公報(昭和54年7月5日出願公開。以下「引用例」という。)には、絶縁基板の両面に設ける回路パターンに導通孔を貫通する前に、ドリル進入側と突抜側の金属箔を、ドリルの回転円周にそって、ドリル径より大きめに予め除去した後に前記導通孔を貫通することが記載されている。

そこで、本願発明と引用例記載の発明とを比較すると、両者は、絶縁基板の両面に設ける回路パターンに導通孔を貫通する工程と、前記導通孔の開口縁と当該導通孔の開口部に形成される金属箔の孔の径を前記導通孔の径より大径に形成する工程とを含むプリント配線板の製造方法である点で一致する。また、(1)本願発明では導通孔を貫通した後に金属箔の孔の径を前記導通孔の径より大径に形成するのに対して、引用例記載の発明では導通孔を貫通する前に金属箔の孔の径を前記導通孔の径より大径に形成する点、(2)金属箔の孔の径を導通孔の径より大径に形成するのに、本願発明では回路パターンをエッチングにより形成する工程に関連して形成するのに対して、引用例記載の発明ではそのような記載がない点及び(3)本願発明ではランドの中心に位置せしめて導通孔を貫通するのに対して、引用例記載の発明ではそのような記載がない点で、両者は相違する。

そこで、これらの相違点について検討する。

(1) 金属箔の孔の径を導通孔の径より大径に形成する工程を導通孔の貫通の後に行うか前に行うかは、当業者が所望により適宜選択できることにすぎない。

(2) 金属箔の孔の形成や回路パターンの形成をエッチングにより行うことは周知であるので、金属箔の孔を回路パターンのエッチングに関連して形成する程度のことは、当業者が作業の効率等を考慮して適宜なし得ることにすぎない。

(3) 導通孔をランドの中心に位置せしめて貫通することは、当業者の常套手段であって、この点に格別の創意はない。

そして、上記(1)ないし(3)の相違点に基づく本願発明の作用効果も格別顕著ではない。

以上のとおりであって、結局、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  本願明細書に記載された本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果

(この項の認定は甲第2、第5号証による。)

(1) 本願発明は、プリント配線板の製造方法に関する(本願明細書2頁1行)。

従来、絶縁基板の両面に形成された回路パターンを接続する方法として、両面の回路パターンにおけるランドの中心部に両面に貫通する導通孔を設けるとともにこの導通孔中に導電物質を充填することにより当該導電物質を介して接続する方法が公知である。この公知の方法では、導電物質を導通孔中に充填する場合、ピン方式又はシルクスクリーン方式が採用されているが、特にシルクスクリーン方式による充填は困難性を有し導通孔中に充填される導電物質の充填ムラを生じ導通性能の精度に問題点を有する。また、導通孔中に導電物質を充填して導通完了後プリント配線に電子部品を組み込む際に溶解した半田浴中に浸漬された場合、絶縁基板と導電物質あるいはランドとの材質の差に基づく熱膨脹の差によって導通孔中の導電物質中特にランドと絶縁基板との境界に歪みによる亀裂が発生する。したがって、両者の問題点の発生によりプリント配線板自体の信頼性が損なわれるという大きな問題点を有していた。

本願発明は、この種プリント配線板における問題点に着目して、導通孔中への導電物質の充填ムラと半田浴中等における導電物質の亀裂の発生を防止し、信頼性に富むこの種プリント配線板を提供すること(同2頁3行ないし4頁8行)を技術的課題(目的)とするものである。

(2) 本願発明は、前記技術的課題を解決するために前記2の本願発明の要旨記載の構成(平成2年4月20日付手続補正書2枚目3行ないし13行)を採用した。

(3) 本願発明は、前記構成により、前記の欠点のない、かつ、プリント配線板の製造において導電物質の充填に当りランドのランド孔内周縁と導通孔の開口縁間に設けた段部によって導電物質の導通孔中への充填の際の流入を助長し、かつ導電物質に対する絶縁基板とランド間に生ずる熱歪みの影響を段部により緩和し、導通孔中に充填した導電物質における亀裂の発生を防止する作用を通じ(本願明細書5頁1行ないし7行)、プリント配線板において導通孔に導電物質を充填して両面間の回路等を導通する回路構成の信頼性を向上できるとともに品質の均一性を図ることができ、特に、従来のプリント配線板と比べて何ら余分な工程を必要とせず段部を加工しうるものでより適確な製造作業を遂行しうるばかりでなく、精度の向上を図ることができる(同10頁14行ないし20行)という効果を奏するものである。

5  引用例には審決認定の技術内容が記載されており、本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりである。

二  争点

原告は、審決は、本願発明と引用例記載の発明との技術内容を誤認して相違点を看過し(取消事由1)、本願発明と引用例記載の発明との技術的課題(目的)及び作用効果の差異を看過して容易推考性の判断を誤った(取消事由2)から、違法であり取り消されるべきである、と主張し、被告は、審決の認定判断は正当であって、審決に原告主張の違法はないと主張している。

本件における争点は、上記原告の主張の当否である。

1  取消事由1(相違点の看過)

審決は、本願発明と引用例記載の発明との相違点として三点を認定し、それらの相違点について検討を加えたに留まる。

しかしながら、本願発明の要旨には、「ランドのランド孔の径を前記導通孔の径より大径に形成してランドのランド孔の内周縁間に段部を形成する」ことが記載されている。これに対し、引用例には「金属箔を、前記ドリルの径より大きめに除去した後、(中略)ドリルにより穴明する」(1頁左下欄7行ないし9行)ことが記載されているのみである。引用例の発明の詳細な説明の記載をみても、「本発明の特徴は、印刷回路基板を穴明する際に表面金属箔の返りを発生させないため、穴明作業前にドリル侵入側と突抜側の金属箔を、ドリルの回転円周にそって、ドリル径より大きめに予め除去した後に穴明することにある。」(1頁右下欄15行ないし19行)こと及び「除去する金属箔は、ドリル3の径より若干大きめ、すなわち穴明の際にドリル3が金属箔1に接触しない大きさとする。」(2頁左上欄13行ないし16行)ことの記載があるのみで段部の記載はない。

したがって、本願発明と引用例記載の発明との間には、この段部の有無という相違点があり、この相違点は、後記2において主張するような技術的課題(目的)及び作用効果の差異につながるものであるのに、審決は、この相違点を看過したものである。

なお、乙第3号証記載の発明は引用例記載の発明と技術的課題(目的)を同じくし、乙第4号証には多層配線板の厚さ及び外層銅箔の厚さについての記載があるのみで、本願発明の「段部」については全く記載されていないから、乙第3、第4号証の記載を参酌して引用例に本願発明の「段部」が記載されていると認定することは不可能である。

2  取消事由2(技術的課題(目的)及び作用効果の差異の看過による容易推考性の判断の誤り)

審決は、「本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」と判断している。

しかしながら、本願明細書には、本願発明は、「導通孔中への導電物質の充填ムラと半田浴中等における導電物質9の亀裂の発生を防止し、信頼性に富むこの種のプリント配線板の提供を目的とするものである。」(4頁3行ないし8行)との記載があり、また、「作用」の項に「本発明のプリント配線板の製造方法は導電物質の充填に当り、ランドのランド孔内周縁と導通孔の開口縁間に設けた段部によって導電物質の導通孔への充填の際の流入を助長し、かつ導電物質に対する絶縁基板とランド間に生ずる熱歪みの影響を前記段部により緩和し、導通孔中に充填した導電物質における亀裂の発生を防止するものである。」(5頁1行ないし8行)との記載があり、「発明の効果」の項に「本発明によればプリント配線板において導通孔に導電物質を充填して両面間の回路等を導通する回路構成の信頼性を向上できるとともに品質の均一性を図ることができ、特に、従来のプリント配線板と何等余分な工程を必要とせず前記段部を加工し得るものでより適確な製造作業を遂行し得るばかりでなく、精度の向上を図ることができる。」(10頁14行ないし20行)との記載もある。これらの記載によれば、本願発明は前記の「亀裂の発生を防止」するとの技術的課題(目的)のため、各相違点に係る構成を採用することにより、導通孔中への充填の際に、充填物質の流入を助長し、かっ熱歪みの影響を緩和する作用を果させ、その結果亀裂の発生を防止して、プリント配線板において回路構成の信頼性を向上できるとともに品質の均一性を図ることができるという作用効果を奏することが明白である。

これに対して、引用例の特許請求の範囲には各相違点に係る構成が記載されていないが、その発明の詳細な説明には、「本発明は、印刷回路基板の表面金属箔の返り発生を防止した、印刷回路基板の穴明方法に関する。」(1頁左下欄12行ないし13行)、「本発明の目的は、(中略)印刷回路基板の穴明作業後において金属箔の返り除去を行なわずにすむ、穴ふちの金属箔の返りの発生しない印刷回路基板の穴明方法を提供することにある。」(1頁右下欄10行ないし14行)、「本発明の方法によれば、(中略)穴明をする部分の金属箔をドリルと接触しない程度に除去しておくため、ドリルによる穴明において、表面金属箔の返りは全く発生せず、従来のごとき穴明後の研磨を必要としない優れた印刷回路基板の穴明方法を得ることができる。」(2頁左上欄20行ないし右上欄6行)との記載があり、これらの記載によれば、引用例記載の発明においては、印刷回路基板の金属箔の返り発生を防止することを技術的課題(目的)として、金属箔にドリルの径より若干大きめ程度の穴を明ける構成を採用し、ドリルによる穴明において、表面金属箔の返りは全く発生せず、従来のごとき穴明後の研磨を必要としない優れた印刷回路基板の穴明方法を得るという作用効果を得るものにすぎない。

上記のとおり、本願発明と引用例記載の発明とは、技術的課題(目的)及び作用効果において顕著な差異があり、しかも、これらの差異は、当業者であっても予測不可能である。

審決は、これらの技術的課題(目的)及び作用効果の差異を看過して容易推考性の判断を誤ったものである。

第三  争点に対する判断

一  取消事由1について

1  前記第二の一2及び4の事実によれば、本願発明の特許請求の範囲において、「導通孔の開口縁と当該導通孔の開口部に形成されるランドのランド孔の径を前記導通孔の径より大径に形成してランドのランド孔の内周縁間に段部を形成する」とされており、本願発明のランド孔の内周縁間に形成される段部とは、ランド孔の径が導通孔の径より大径であるため形成されることが理解されるが、本願発明の特許請求の範囲の記載では、この段部がどのような形状、大きさのものであるかまでは特定されていない。

そこで、本願明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を検討してみると、甲第2号証によれば、本願明細書には、本願発明の作用、特に段部の構成を設けることによる作用について前記第二の一4(3)のとおりの記載があり、さらに実施例について、添附の別紙第一の第1図ないし第3図を参照して、「しかして、導電物質31を導通孔27中に従来のピン方式あるいはシルクスクリーン方式等により充填した場合、ランド23、24の内周縁23a、24aと導通孔27の開口縁27a、27b間に設けた段部28、29が案内となるばかりかこれが、導電物質31の溜り部としての役割をも果し、従来の充填方法における導通孔27中への導電物質31への充填ムラを一挙に解消し、充填精度の安定化を計り、導通不良を無くし製品の品質向上を果すことができる。また、当該導電物質31の充填後、両面の回路パターン21、22において電子部品(図示しない)を取り付けるべく半田浴中にプリント配線板30を浸漬した場合、絶縁基板20とランド23、24間に熱膨脹の差を生じ両者間に歪みを生じても、これによる導電物質31に対する影響を段部28、29によって緩和し、導電物質31中の亀裂の発生を防止することができるものである。」(9頁10行ないし10頁8行)と記載されていることが認められる。

上記認定事実によれば、当業者であれば、本願発明において、ランドの内周縁と導通孔の開口縁間に設けた段部が、導電物質の案内、更には溜り部として機能し、また、導電物質に対する熱歪みの影響を緩和することが必要であり、したがって、本願発明の段部は、ランド内周縁と導通孔開口縁間にある程度の幅を有するものであると理解しうる、ということができる。

2  これに対し、甲第4号証によれば、引用例は、昭和54年特許出願公開第84276号公報である(別紙第二参照)が、引用例には、穴明後に形成される金属箔内周縁とドリル孔内周縁間の部分について、「本発明の特徴は、印刷回路基板を穴明する際に表面金属箔の返りを発生させないため、穴明作業前にドリル進入側と突抜側の金属箔を、ドリルの回転円周にそって、ドリル径より大きめに予め除去した後に穴明することにある。」(1頁右下欄15行ないし19行)との記載及び「〔別紙第二〕第4図及び第5図は、本発明による印刷回路基板の穴明方法を説明する図で、(中略)除去する金属箔は、ドリル3の径より若干大きめ、すなわち穴明の際にドリル3が金属箔1に接触しない大きさとする。」(2頁左上欄10行ないし16行)との記載があることが認められる。この認定によれば、引用例記載の発明において回路基板上の金属箔はドリルの回転円周に沿ってドリル径より大きめに除去され、金属箔内周縁とドリル孔内周縁間に除去された金属箔の径がドリル径より大きめであるため段部状の部分が形成されるというべきであるが、その部分がどの程度の大きさのものであるかは、引用例の記載だけから直ちには明らかでない。

3  しかし、乙第3、第4号証によれば、昭和51年特許出願公開第40560号公報(以下「周知例1」という。)には、別紙第三の図面が添附されており、「従来、スルホールプリント配線板の製造方法としては、両面銅張積層板をエッチング法を適用して得られたプリント配線板上に銅箔基板を貫通する孔を設け、(中略)スルホールプリント配線板を得ている。しかしながら、この方法では、貫通孔を設ける時に銅箔の返り(以下バリと言う)が発生する。」(1頁右下欄3行ないし15行)との記載及び「本発明は、上記従来の欠点を無くし、改良されたスルホールプリント配線板を得る方法に関するものである。本発明を説明するにあたり、以下一実施例の〔別紙第三〕第1図~第6図により説明する。第1図に示すように両面に銅箔1を有するフェノール樹脂、エポキシ樹脂等の絶縁基板2に貫通孔を設けようとする部分に貫通孔の径よりも0.1~3.0mm程度大きく銅箔1がエッチングされるように、両面にエッチングレジストを被覆し、塩化第二鉄溶液でエッチングを行なう。」(2頁左上欄14行ないし右上欄4行)との記載があること、綱島瑛一著「新版プリント配線の設計と製作」(誠文堂新光社昭和48年8月25日発行。以下「周知例2」という。)には「ⅱ銅箔 多層配線板を使った電子機器が主として軍用、宇宙開発用であった関係からその厚さはMIL関係の規格に応じて2オンス/平方フット(約70μ)でなければならない。」(70頁1行ないし3行)との記載及び「外層銅箔の厚さとしては1オンスまたは1/2オンス(約17~20μ)が用いられる。」(70頁10行ないし11行)との記載があることが認められる。これらの記載に周知例1及び周知例2の公開、発行された時期をも合せて考慮すると、絶縁基板の表面に貫通孔の径よりも大きい径となるように金属箔をエッチングする場合被膜として用いられる金属箔の径の大きさは通常導通孔より0.1mmないし3.0mm程度大きく、また、その金属箔の厚さは通常0.07mm程度以下であって、0.017mm程度ないし0.020mm程度のものも含み、それらのことは本件出願当時までに既に技術常識となっていたと認めることができる。

したがって、この技術常識に係る金属箔の径の大きさ及び厚さを考慮して、本件出願の時点で当業者の立場に立って引用例記載の発明を見れば、引用例記載の発明において形成される上記段部状の部分は、その幅が0.1mmないし3.0mm程度のものを含み、また、金属箔の厚さが0.017mm程度ないし0.020mm程度のものも含むと考えられるため、除去される金属箔の径とドリルの径との差が絶縁体上の金属箔の厚さより十分に大きなものとなっており、したがって、ドリル孔(導通孔)中への導電物質の充填時に導電物質の案内、溜り部として機能し、導電物質の充填ムラをなくし、また、絶縁体と金属箔の熱膨脹を緩和して導電物質の亀裂をも防止する作用効果を奏する、と理解することができるから、結局引用例記載の発明の上記段部状の部分は本願発明の段部に相当するというべきである。

そうすると、審決が本願発明と引用例記載の発明との間に段部の有無という相違点を看過したとの取消事由1は理由がない。

(なお、原告は、乙第3号証、第4号証には、本願発明の段部について記載されていないから、これらの書証の記載を参酌して引用例に本願発明の段部が記載されていると認定することは不可能である、と主張する。しかしながら、上記説示においては金属箔の径の大きさ及び厚さに係る技術常識を認定するためにこれらの書証を引用したのであるから、それ以上検討するまでもなく、この原告の主張は失当である。)。

二  取消事由2について

1  本願発明の技術的課題(目的)及び作用効果は、前記第二の一4(1)及び(3)記載のとおりである。

2  甲第4号証と前記第二の一5の争いがない事実によれば、引用例には、引用例記載の発明の技術的課題(目的)について、「本発明は、印刷回路基板の表面金属箔の返り発生を防止した、印刷回路基板の穴明方法に関する。穴明加工前の印刷回路基板は、通常、絶縁体の基板面上の全面を銅箔等の金属で覆われた構造を有するもので、この銅箔上から回転ドリルを突き抜かせ、しかる後にドリルを逆方向に抜くことにより穴明けされる。このような穴明においては、ドリルの回転速度あるいは送り速度等の条件が不完全であると、ドリル侵入側表面あるいはドリル突抜け側表面の穴ふちの銅箔に返りが発生することがある。この銅箔の返りは、印刷回路基板の信頼性を低下させる要因となるため、完全に除去しなければならない。従来は、穴明後にこの穴ふちの返りを表面を研磨することなどの方法により除去していたが、穴内への銅箔のたおれ込みが起り、除去が完全になされない場合があって、信頼性の低下ばかりでなく、穴形状が変形する等の問題があった。本発明の目的は、上記した如き従来技術の問題を解決することであり、印刷回路基板の穴明作業後において金属箔の返り除去を行なわずにすむ、穴ふちの金属箔の返りの発生しない印刷回路基板の穴明方法を提供することにある。」(1頁左下欄12行ないし右下欄14行)との記載があり、引用例記載の発明の構成について、「絶縁体の両表面を金属箔で被覆した印刷回路基板をドリルにより穴明する際に、前記印刷回路基板の穴明部の前記金属箔を、前記ドリルの径より大きめに除去した後、前記ドリルにより穴明することを特徴とする印刷回路基板の穴明方法」(1頁左下欄5行ないし10行)との記載があり、引用例記載の発明の作用効果について、「本発明の方法たよれば、印刷回路基板の穴明をする場合に、予め、穴明をする部分の金属箔をドリルと接触しない程度に除去しておくため、ドリルによる穴明において、表面金属箔の返りは全く発生せず、従来のごとき穴明後の研磨を必要としない優れた印刷回路基板の穴明方法を得ることができる。」(2頁左上欄20行ないし右上欄6行)との記載があることが認められる。

3  まず、審決が引用例記載の発明と本願発明との技術的課題(目的)の差異を看過して相違点判断を誤ったかどうかを検討する。

なるほど、引用例に明記された引用例記載の発明の技術的課題(目的)は、前記のとおり、印刷回路基板の穴明作業後において金属箔の返り除去を行なわずにすむ穴ふちの金属箔の返りの発生しない印刷回路基板の穴明方法を提供することにある。また、引用例記載の発明が解決するとした従来技術の欠点に関する引用例の記載中に、従来のものにおいてドリル孔中へ導電物質を充填することについて直接明示的に言及する部分はない。

しかし、ドリル孔が後に導電物質を充填する導通孔として利用されることは、原告も自認し、技術上自明なことである。そして、乙第1、第2号証によれば、周知例2には、別紙第四の図が添附され、「板厚にくらべて孔径が細すぎると〔別紙第四〕第6.26図に示すように中央部の厚さが薄くなる度合が大きくかつショルダ部でのクラックが入りやすくなる。クラックは穿孔時のかえりに起因することも多い。はんだ加熱による板の厚さ方向の伸びが銅の伸びより大きいためその間に応力が働き故障の発生を加速する。溶融はんだの冷却、膨脹収縮も同様な影響をあたえる。」(415頁8行ないし19行)と記載されていること、昭和52年実用新案登録願第153774号(昭和54年実用新案登録出願公開第78867号公報参照)の願書に添附された明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(以下「周知例3」という。)には、別紙第五の図面が掲げられ、「このような従来の両面印刷配線板はその印刷配線板基体1、11が紙フェノール材等の熱膨脹係数の大きい安価な材料で形成されていると、半田付け等を行なった時に、メッキ層5の透孔部縁と接する端部6、7、8、9、16、17、18、19の部分に印刷配線板基体1、11の熱膨脹による応力が集中し、この部分に破断を生じ、(中略)信頼性がきわめて低くなる。(中略)本考案はこのような欠点を解消するものであり」(明細書2頁9行ないし3頁8行)との記載があることが認められ、これらの記載によれば、別紙第四の第6.26図のショルダー部に、穿孔時のかえりに起因するだけでなく、熱歪にも起因してクラックが発生すること、周知例3記載のものにおいてメッキ層端部が熱歪を受けて破断を生じるので、そのような欠点を解消しなければならないという技術的課題(目的)があることが明らかである。

そこで、これらの検討結果の下で引用例記載の発明に目を転じてみると、引用例記載の発明においてもドリル孔(導通孔)に導電物質を充填したときには、技術的課題(目的)として、本願発明と同様に、ドリル孔(導通孔)中への導電物質の充填ムラと半田浴中等における導電物質の亀裂の発生が懸念され、信頼性に富むプリント配線板を提供することが求められていたということができる。

したがって、引用例記載の発明においてもまた前記第二の一4(1)記載の本願発明の技術的課題(目的)と同様の技術的課題(目的)が求められており、現に、後記4のとおり、引用例記載の発明はその採用した構成により上記技術的課題(目的)に対応する本願発明同様の作用効果を奏することが明らかである。

そうすると、本願発明と引用例記載の発明とは技術的課題(目的)において共通であるということができ、審決にこの点に係る看過はないというべきである。

4  次いで、審決が本願発明と引用例記載の発明との作用効果の差異を看過したかどうかの点についてみると、前記一3において検討したとおり、引用例記載の発明においても本願発明の段部に相当する部分が形成され、その段部は、ドリル孔(導通孔)中への導電物質の充填時に導電物質の案内、溜り部として機能し、導電物質の充填ムラをなくし、また、絶縁体と金属箔の熱膨脹も段部によって緩和され、導電物質の亀裂も防止されるのであり、したがって、引用例記載の発明も、前記第二の一4(3)に記載された本願発明の作用効果と同様の作用効果を奏することが明らかである。そうすると、審決に作用効果の差異の看過はなく、結局取消事由2は失当である。

三  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙第一

<省略>

<省略>

別紙第二

<省略>

別紙第三

<省略>

別紙第四

<省略>

A ショルダー部(コーナークラック)

B 銅箔と積層板との境界部

C めっきの中央部の細り

D 内層導箔との接続

第6.26図 スルーホールめっきの断線

別紙第五

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例